ミラーニューロンとは、自分が行動する時だけでなく、他人が行動するのを見ている時にも活動電位を生じさせるニューロン(神経細胞)です。鏡のような反応を示すことから、「ミラー」ニューロンという名前がついています。ミラーニューロンは、視覚情報に反応しているだけでなく、他人の行動の意味や意図を理解する機能を果たしていると考えられています。
ミラーニューロンは、1996年、イタリアのパルマ大学のジャコーモ・リッツォラティによって発見されました。リッツォラティは、対象物を掴んで操作する手の運動に関する神経細胞を研究するために、マカクザルの下前頭皮質に電極を設置して、マカクザルがエサを取ろうとする時の神経細胞の活動を記録していました。その途中で、実験者(人)がエサを拾い上げるのを見た時に、マカクザル自身がエサを取ろうとする時と同じ活動を示す神経細胞を発見しました。これがミラーニューロンです。つまり、まったく別の研究をしていて偶然発見されたのです。実験を重ねた結果、マカクザルの下前頭皮質と下頭頂皮質のうち、約10%の神経細胞が、マカクザル自身が手を動かした時と、自分以外が手を動かすのを見た時の両方で同じ反応を示すことを明らかになりました。
人の脳にミラーニューロンが存在するという確実な証拠は得られていません。ただし、MRIを利用して脳の血流動態反応を視覚的に見る方法(fMRI)により、自分の手や指を動かす時と、他人が手や指を動かすのを見る時の両方で、下前頭回が活動することは確認されています。また、自分の口を動かす時、他人の口の動きを見る時、他人の口の動きを真似する時のいずれでも下前頭回と下頭頂小葉が活動することも分かっています。そのため、人の場合、下前頭回にミラーニューロンシステムが存在していると考えられています。
人の場合、新生児から生後12ヶ月頃までに発達すると考えられています。ただし、ミラーニューロンがどのようにして「自分が行動する時にも、他人の行動を見る時にも反応する」機能を備えるのかについては、明らかにされていません。ミラーニューロンが発見されて以降、その機能についてたくさんの研究結果が発表されています。現在、ミラーニューロンの機能と考えられている主なものは、次のとおりです。
他人の意図の理解:他人の意図を理解して、次の行動を予測する機能
共感:他人の動作を見て、自分のことのように感じる機能
模倣の獲得:他人の行動を真似する機能を得ること
言語:言語を獲得する機能
心の理論:他人の心を推測する(感情を察する、目的や意図を見透かす、信念や疑いの心を感じ取る)機能
ミラーニューロンの欠如とASDの関係を指摘する研究者はいます。また、ASDの人の脳は、健常な人の脳に比べてミラーニューロンに関わる脳の領域が薄いという解剖学の研究結果もあります。しかし、ミラーニューロンの欠如が自閉症の原因の一つだと言えるだけの根拠はなく、今後の研究の進展を待ちます。ニューロン(神経細胞)は、単体で特定の反応を生じさせるのではなく、ニューロンネットワーク全体が、ある行動を行う時に活性化すると考えられています。そのため、ミラーニューロンが存在するとされている下前頭回のニューロンを活性化させて、神経回路をつなげることが重要ということになります。
しかし、下前頭回の鍛え方(ニューロンを活性化させる方法)は確立されていないのが現状です。一般的には、色々な経験をさせてあげることや、相手の気持ちを察して行動すること、モデルとなる人を見つけて真似することなどが効果的だと言われていますが、そうした方法で下前頭回のニューロンが活性化するかどうかは推測の域を出ません。知育分野でも、「ミラーニューロンを鍛える」という文言をよく耳にします。ミラーニューロンの鍛え方として紹介されている方法は、子どもの共感性や社会性を育む上では役に立つこともありますが、ミラーニューロンを鍛えているかどうかは不明です。