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「不登校に悩む子どもらの励みに」
「不登校に悩む子どもらの励みに」・・・自宅で過ごした6年、恩師らと乗り越え大舞台に挑む
2021年7月26日【読売新聞】
不登校を乗り越えたスイマーが、初めての五輪に挑む。28日に競泳男子200メートル背泳ぎの予選に出場する砂間敬太選手(26)(イトマン東進)。自宅で過ごした6年間は水泳と距離を置いた時期もあったが、才能を惜しんだ恩師らの励ましでプールに戻った。「不登校に悩む子どもらの励みに」。目標はメダル獲得だ。(山口佐和子)
なぜ不登校になったのか、自分でもはっきりわからないという。奈良県大和郡山市立小学校4年の時、急に学校に足が向かなくなった。「何かで休んだ後に理由を聞かれたり、久しぶりに登校して注目されたりするのが嫌になった」。中学卒業まで多くを自宅で勉強するなどして過ごした。
好きだったはずの水泳さえ嫌になった。川遊びに夢中になる姿を見たカヌー好きの父親に連れられ、3歳で近くのスイミングスクールに通い始めたのが水泳との出会い。順調に記録を伸ばし、ジュニア選手の中で目立つ存在だったが、不登校になるとともにプールからも足が遠のいた。
「君なら絶対に五輪に行ける」。小学5年の時、コーチから声をかけられてプールに戻った。中学3年時には国体選手に選ばれるほどの活躍ぶりだったが、学校には通えないまま。そんな生活への葛藤から、国体を最後に水泳をやめる決意を固めていた。
翻意したのは、天理高(奈良県天理市)水泳部の山本良介監督(65)の一言があったからだ。国体への出場を終え、帰りの新幹線を待っていると声をかけられた。「君は日本の宝になるような選手なんだ」。水のつかみ方やキックのタイミングに天性の才能を感じていた山本監督からの誘いに心が動き、進学を決めた。
高校では陸上やホッケーなど様々な競技に励む仲間から刺激を受けた。寮生活では支えてくれる仲間ができ、普通に学校に通えるようになった。水泳でもジュニア強化選手に指定され、国際大会に出場。山本監督は「マリモみたいな選手。水につけているだけで大きく成長した」と笑う。
高校3年の時、天理市の依頼で、不登校の子どもを抱える保護者らに体験を話した。その時に口にした目標がある。「五輪でメダルを取り、不登校に悩む子どもらの支えになる」。ひきこもりの少年時代を笑い飛ばす、お笑いコンビ「千原兄弟」の千原ジュニアさんの活躍に励まされた自身の経験が根底にあった。
中央大に進学。5年前のリオデジャネイロ五輪では代表入りが確実視されていたが、代表選考会を兼ねた日本選手権で0・24秒の僅差で出場を逃した。悔しさで2か月ほど泳ぐことができなかったが、この経験をバネに成長を遂げ、今年4月の日本選手権で2位に入り、五輪出場を射止めた。
「決勝に残り、五輪を楽しんできますよ」。7月に奈良県で最終調整した際、山本監督にそう決意を語った。自分の泳ぎを通じ、不登校の子どもらに勇気を与えたいと誓う。
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アスリートの紹介では、人生の転機のきっかけとなる言葉が紹介されます。その多くが、子ども時代に関わった親を含めた大人たちの言葉です。様々な言葉がありますが、共通するのは二つです。君ならできる、好きなことをとことんやればいい、です。
子どもは好きでやっているだけで、自分にどんな力があるのかは気づいていません。それを大人が見出して、できるできると励まし続けます。山本監督は、水につけるだけで育つ「マリモ」に砂間選手を喩えましたが、その水の養分は子どもをその気にさせる大人の言葉です。
スケボーでメダルラッシュを迎えている日本のアスリートはスケボー2世です。スケボーの楽しさを知っている親だからこそ、アメリカで、世界で、とことん楽しんで来いと言えるのでしょう。その機会を得た子どもたちは、トップアスリートの直向きさと底抜けの明るさに直に触れて自分の未来をイメージします。
もちろん、大人から才能があると言われたけれど、日の目を見なかった子どもや、トップアスリートの凄さに圧倒されて挫けてしまう子どものほうがはるかに多いのが現実です。それを才能の差と言う人がいますが、それは結果論だと思います。マリモを大きく育てるには、才能の花を咲かせるには、君はできると信じて励まし続ける養分の量が大事だと思います。